新卒看護師過労自死事件 自庁取消を受けての弁護団声明
write by 島田 度
新卒看護師過労自死事件自庁取消を受けての弁護団声明
2018年(平成30年)11月12日
新卒看護師過労自死事件弁護団
1 本年10月26日、札幌東労働基準監督署は、杉本綾さん(1989年(平成元年)4月25日生)の自死について、従前の労災不支給処分を取り消したうえで、新たに支給処分の決定を行った。
2 綾さんは、2012年(平成24年)4月にKKR札幌医療センターにおいて新卒看護師として勤務を開始したものの、残業代が全く支払われない中で行った異常な長時間労働、上司や先輩による過酷な指導等のため心身ともに追い詰められ、採用わずか8か月後である2012年(平成24年)12月2日に自死に追い込まれた。
これについて遺族である母親が労災申請を行ったが不支給となり、その後の審査請求及び再審査請求のいずれにおいても棄却の判断であったため、母親が原告となって、2016年(平成28年)12月15日に札幌地裁労災不支給処分取消訴訟を提起していたものである。
今般の労災不支給処分の取消(いわゆる自庁取消)は、この訴訟係属中になされたものであって、極めて異例である。
3 綾さんの労災認定が、司法判断によって原処分の変更を強いられるのではなく、処分庁自らの積極的判断として行われたことは、大きな意義を有する。
すなわち、本件においては、処分庁である労働基準監督署が、自ら行なった不支給処分について、あらためて事実を調査し、認定基準に照らしても労災と認定されるべきものであったと判断して、司法の判断をまたず自身で取消したのあり、労災認定手続のいかなる段階であっても、処分庁が謙虚に事実を調査し、自らの処分の誤りを正すという姿勢は、本件以外の他の労災審査においても貫かれるべきものである。
他方で、処分庁が綾さんの過酷な業務実態を正しく踏まえていれば、より早い段階で労災認定をすることは十分可能であったはずであり、従前の処分庁による調査が著しく不十分であったことは指摘せざるを得ない。
このために遺族が長年にわたり多大な負担を強いられてきたことは、誠に遺憾である。
4 処分庁の説明によれば、今般の自庁取消に至った理由は、綾さんが自宅で行った研修レポートの作成や患者情報の整理等のいわゆるシャドーワークの時間、また本来であれば昼休憩であるにもかかわらず業務を行わざるを得なかった時間等について労働時間と認定したうえで、1か月あたりの時間外労働が100時間を超える期間が少なくとも2回は認められたことにあるということであった。
シャドーワークについて労働時間性が認められたことは、当然のこととはいえ大きな意義がある。
全国の医療現場において、看護師をはじめとする医療職は慢性的に業務過重の状態であり、業務上不可欠な知識の習得や患者情報の収集整理等の作業について所定労働時間内に終えられず自宅等に持ち帰って行わざるを得ないことも珍しくない。
本件における事実認定の手法は、本件にとどまらず、全国の医療現場における労働時間の認定の際にも当然に用いられなければならない。
他方で、処分庁の説明によれば、今般の自庁取消の判断理由において、綾さんが新卒であること、看護師という職種であること、残業代が全く支払われていなかったことについては、いずれも業務上の心理的負荷を加重する要素としては斟酌されていないとのことであった。
しかしながら、看護師が患者の生命と健康を守るため複雑かつ多様な職責を担っていること、そのような職場に初めて入る新人がいわゆる「リアリティショック」に直面しながら働いていること、さらに残業代が全く支払われない中での長時間労働はおのずと心身にも重大なストレスを及ぼすことは、業務の過重性判断において当然に考慮されるべき要素であって、この点についての処分庁の判断は誤りと言わざるを得ない。
この点は現在の行政の認定基準の限界、さらには弊害を示すものともいえ、今後、克服されるべきものである。
5 今般の自庁取消には大きな意義があるが、しかし、これよって綾さんが還ってくるわけではない。
弁護団としては、遺族である母親が突然の我が子の死に直面し苦悩の中で行った本件訴訟を少しでも意味あるものとするため、本件を契機として、医療現場で働くひとびとの労働環境が少しでも改善され、働く現場で命が失われることがなくなることを強く願うものである。
以上